論文リスト

分子・錯体・クラスターイオンの
構造と反応動力学

(1) イオン移動度分析法によるクラスターイオンの異性体分離

クラスターの分野では、過去30年以上にわたるサイズ(構成粒子数)を選別した研究によって、フラーレン類の発見などの大きな成果も生まれてきました。ただ、サイズが大きくなると、単一のサイズのクラスターの中に多くの構造異性体が存在するようになります。つまり、サイズ選別だけではクラスターは混合物のままです。そこで、我々はサイズと構造の両方を選別したクラスターイオンの性質を調べる研究を始めています。ここで用いる移動度分析法は、He気体との衝突頻度がイオンの嵩張り具合(断面積)に依存することを利用して異性体の分離を可能にします。現在までに炭素クラスターイオンCn+などの異性体分離に成功しています。

1-1

(図の説明)上; イオン移動度分析法の模式図。左側から入射したイオンがHeと衝突しつつ電場で右側へ導かれる過程で、嵩張り具合で速度に差が生じる。下; 本装置で分離されたCn+の環状構造とフラーレン構造。


酸化セリウム(CeO2)は酸素を吸収・放出する酸素保持能力を持つことから酸化還元触媒に用いられています。触媒反応のモデル系として気相クラスターの研究が行われていますが、セリウム酸化物クラスターについても化学反応が研究されてきました。詳細な反応機構を議論するためには反応に関わるクラスターの幾何構造の情報が必要です。
本研究では、先行研究での理論計算結果を実験的に裏付け、またより幅広い酸化状態での構造情報を得るためにイオン移動度質量分析法を用いてCenOm+クラスターの幾何構造を検討しました。実験より、CenO2n-1+では先行研究とほぼ整合した構造をとりますが、CenO2n+では反応の活性中心と考えられる末端位の酸素原子が従来の想定より少ないことが示唆されました。これは反応性や反応機構の解釈において重要です。

1-2

(図の説明) 本研究で帰属されたCenO2n+ (n = 2-5)の構造

T. Nagata, J. W. J. Wu, M. Nakano, K. Ohshimo, F. Misaizu,
"Geometrical Structures of Gas Phase Cerium Oxide Cluster Cations Studied by Ion Mobility Mass Spectrometry"
J. Phys. Chem. C, 123 (27), 16641-16650 (2019).


(2) 食塩類ナノ結晶クラスターイオンの幾何構造に関する研究

Naf フッ化ナトリウム(NaF)などのイオン結晶のクラスターは面心立方格子の構造を保ち、直方体構造で安定と なることが知られています。そのためにこれらのクラスターはナノ結晶と呼ばれ、個々の粒子はNa+やF-などの イオンとして存在します。またクラスターイオンでは通常片方のイオンが多い化学組成となります。例えば、 一価正イオンでこれらの条件を満たすのはNa14F13+です。Na14F13+は 3×3×3の立方体構造をとります。我々は食塩などの溶解・潮解の初期過程がどのように起こるのかを調べるために、 ナノ結晶イオンの水分子との反応性を研究しています。その初期段階として、NanFn-1+の幾何構造について イオン移動度質量分析法を用いて調べました。その結果、ほとんどのサイズでは直方体構造を維持した構造をとるのに対し、 特定のサイズNa7F6+、Na10F9+で格子構造にNa+を一つ内包 した特異的にコンパクトな構造を持つことが分かりました。この特異的な構造を持つNa7F6+、 Na10F9+では、立方体構造とは異なった反応性が期待されます。

(図の説明)上;NanFn-1+ (n = 14, 23, 38)の構造。 結晶を切り出した構造を形成することで安定に存在する。下;NanFn-1+ (n = 5-14)の衝突断面積の比較図。 青い丸は実験値、白抜きは理論値を表しており、白い丸は立方体構造を維持した構造、白い菱形は特異的にコンパクトな構造の理論断面積である。 この結果から、n = 7, 10において、格子構造にNa+を一つ内包した特異的にコンパクトな構造を観測していることが明らかとなった。

K. Ohshimo, T. Takahashi, R. Moriyama, F. Misaizu,
"Compact Non-Rock-Salt Structures in Sodium Fluoride Cluster Ions at Specific Sizes Revealed by Ion Mobility Mass Spectrometry"
J. Phys. Chem. A, 118, 9970-9975 (2014).


(3) アンモニア1分子による長距離プロトン移動の研究

ベンゾカイン分子(p-NH2C6H4COOC2H5)は、アミノ基の窒素原子かカルボニル基の酸素原子のいずれかにプロトンが付加することで2種類のプロトマー(N-, O-プロトマー)を生成します。 本研究では、各プロトマーに対してイオン移動度質量分析を用いたNH3との衝突実験と、量子化学計算による反応経路探索を行い、分子内プロトン移動について研究しました。 イオン移動度質量分析の結果から、NH3によってプロトン付加ベンゾカインのN-プロトマーがO-プロトマーに異性化することが観測されました。また、計算によりN-プロトマーからNH3がH+を引き抜き、NH4+がベンゼン環上を横断する遷移状態を経由して、酸素原子へH+を渡すことでO-プロトマーが生成するという反応経路が明らかになりました。

esi

K. Ohshimo, S. Miyazaki, K. Hattori, F. Misaizu,
"Long-distance proton transfer induced by a single ammonia molecule: ion mobility mass spectrometry of protonated benzocaine reacted with NH3"
Phys. Chem. Chem. Phys., 22, 8164-8170 (2020).

(4) 分子錯体イオンの光解離過程の研究

分子やイオンに光を照射してエネルギーの高い状態へ励起すると、分子の結合が切れる光解離反応が起きます。我々のグループでは反射型飛行時間質量分析計と画像観測法を組み合わせた独自の装置を用いて、光解離生成物の空間分布を投影した画像を測定し、分子錯体イオンの光解離過程を明らかにしてきました。画像観測法により得られる画像からは光解離過程を反映した情報を得ることができ、画像の大きさは解離生成物の反跳速度に対応し、画像の空間分布は解離に関与する電子状態の性質や解離の時間スケールを反映しています。当研究室では、最近(CO2)2+の可視光解離過程((CO2)2+ + hν → CO2+ + CO2)を画像観測法により明らかにしました。観測画像には、反跳速度の大きい成分と小さい成分が見られ、それぞれ異なる解離過程を経てCO2+が生成していることを明らかにしました。

imaging

(図の説明) (左)画像観測法の模式図。親イオンは解離レーザーにより光解離される。光解離生成物は3次元に広がり、その空間分布はカメラによって記録され、数学的解析を経て3次元分布の断層像を得る。(右)(CO2)2+の可視光解離により生成したCO2+の画像。

Y. Nakashima, K. Okutsu, K. Fujimoto, Y. Ito, M. Kanno, M. Nakano, K. Ohshimo, H. Kono, F. Misaizu, Phys. Chem. Chem. Phys., 21, 3083-3091 (2019).




Top