論文リスト

1. 原子分子クラスターイオンの構造と反応動力学

(1)移動度分析法によるクラスターイオンの異性体分離

クラスターの分野では、過去30年以上にわたるサイズ(構成粒子数)を選別した研究によって、フラーレン類の発見などの大きな成果も生まれてきました。ただ、サイズが大きくなると、単一のサイズのクラスターの中に多くの構造異性体が存在するようになります。つまり、サイズ選別だけではクラスターは混合物のままです。そこで、我々はサイズと構造の両方を選別したクラスターイオンの性質を調べる研究を始めています。ここで用いる移動度分析法は、He気体との衝突頻度がイオンの嵩張り具合(断面積)に依存することを利用して異性体の分離を可能にします。現在までに炭素クラスターイオンCn+などの異性体分 離に成功しています。

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(図の説明)上; イオン移動度分析法の模式図。左側から入射したイオンがHeと衝突しつつ電場で右側へ導かれる過程で、嵩張り具合で速度に差が生じる。下; 本装置で分離されたCn+の環状構造とフラーレン構造。

F. Misaizu, N. Hori, H. Tanaka, K. Komatsu, A. Furuya, and K. Ohno "Isomer-Selected Photoreactions of Gas-Phase Cluster Ions," Eur. Phys. J. D 52, 59-62 (2009).


(2)食塩類ナノ結晶クラスターイオンの幾何構造に関する研究

Naf フッ化ナトリウム(NaF)などのイオン結晶のクラスターは面心立方格子の構造を保ち、直方体構造で安定と なることが知られています。そのためにこれらのクラスターはナノ結晶と呼ばれ、個々の粒子はNa+やF-などの イオンとして存在します。またクラスターイオンでは通常片方のイオンが多い化学組成となります。例えば、 一価正イオンでこれらの条件を満たすのはNa14F13+です。Na14F13+は 3×3×3の立方体構造をとります。我々は食塩などの溶解・潮解の初期過程がどのように起こるのかを調べるために、 ナノ結晶イオンの水分子との反応性を研究しています。その初期段階として、NanFn-1+の幾何構造について イオン移動度質量分析法を用いて調べました。その結果、ほとんどのサイズでは直方体構造を維持した構造をとるのに対し、 特定のサイズNa7F6+、Na10F9+で格子構造にNa+を一つ内包 した特異的にコンパクトな構造を持つことが分かりました。この特異的な構造を持つNa7F6+、 Na10F9+では、立方体構造とは異なった反応性が期待されます。

(図の説明)上;NanFn-1+ (n = 14, 23, 38)の構造。 結晶を切り出した構造を形成することで安定に存在する。下;NanFn-1+ (n = 5-14)の衝突断面積の比較図。 青い丸は実験値、白抜きは理論値を表しており、白い丸は立方体構造を維持した構造、白い菱形は特異的にコンパクトな構造の理論断面積である。 この結果から、n = 7, 10において、格子構造にNa+を一つ内包した特異的にコンパクトな構造を観測していることが明らかとなった。

K. Ohshimo, T. Takahashi, R. Moriyama, and F. Misaizu,
“Compact Non-Rock-Salt Structures in Sodium Fluoride Cluster Ions at Specific Sizes Revealed by Ion Mobility Mass Spectrometry”
J. Phys. Chem. A 118, 9970 (2014).


(3)金属原子-分子気相錯体イオンの光解離ダイナミクス

分子やイオンに光を照射してエネルギーの高い状態へ励起すると、分子の結合が切れる光解離反応が起きます。特に光源として単色性の高いレーザーを用いると、分子・イオンの励起状態を選択できます。解離生成物の放出角度分布と速度分布を観測することによって分子・イオンの解離ダイナミクスを明らかにできるため、これらの分布を高い精度で観測する方法が求められます。 解離生成物を観測する手法の一つに画像観測法があります。飛行時間質量分析計と画像検出器、CCDカメラを組み合わせて、解離生成物の放出角度分布と速度分布を二次元画像として直接観測することができます。 我々のグループでは反射型飛行時間質量分析計と画像観測法を組み合わせた世界でも独自の装置を開発しました。この画像観測装置では、あらかじめ質量選別したクラスターイオンを光解離し、その生成物イオンを再び質量分析して画像として観測することができます。

imaging

(図の説明)画像観測装置の模式図。質量選別されたイオンは反射電極手前で直線偏光のレーザーにより光解離される。解離イオンは反射電極により反射され、画像検出器により検出される。観測画像は検出器をCCDカメラで観測して得られる。

H. Hoshino, Y. Yamakita, K. Okutsu, Y. Suzuki, M. Saito, K. Koyasu, K. Ohshimo, and F. Misaizu, Chem. Phys. Lett. 630, 111 - 115 (2015).


(4)パルススパッタリング法を用いたクラスターイオン源の開発

我々のグループはパルススパッタリング法を用いたクラスターイオン源の開発を行っています。近年、クラスターを大量に生成可能な装置としてスパッタリング法を用いたクラスターイオン源が注目を集めています。我々はさらに大量のイオンを得るため、パルススパッタリング法に注目しました。パルススパッタリングはパルス状にスパッタリングを行い、瞬間的に高密度のイオンを生成することができます。このクラスター源により実験時間の大幅な短縮や、これまで生成することが難しかったクラスターの生成ができるようになると期待されます。

スパッタ1

スパッタ2

(図の説明)上:クラスターイオン源。Arガスと銅原子・イオンが衝突してクラスターへと成長する。下:本装置で得られた銅クラスター正イオン質量スペクトル。



2.化学イオン化反応動力学の基礎と応用

(1)励起原子と分子(気相分子ならびに表面吸着分子)の衝突反応過程の研究

高い励起エネルギーを持つ準安定ヘリウム原子が分子に接近し衝突する際には、衝突反応(化学イオン化)が生じます。この過程で放出された電子を観測しながら、2体間の衝突速度を変化させることで、ヘリウム原子が標的分子に接近して衝突し、反応を起こして離れていく運動のポテンシャルエネルギー面に関する情報を得ることが出来ます。我々は、世界初の2次元電子分光法を開発し、気相分子ならびに表面吸着分子について、分子と原子の衝突反応動力学の研究を推進しています。
また、吸着分子の表面化学反応過程を2次元電子分光法で観測して、低温条件での未知の化学反応を発見し解明することを目標にしています。

N. Kishimoto and K. Ohno,Int. Rev. Phys. Chem., 26, 93-138(2007).


(2)衝突イオン化電子分光法と量子化学計算による分子の電子構造の研究

一般に、金属原子を含むような電子数の多い分子の場合には、電子の相関運動の効果が強いために、HOMO(最高占有軌道)のエネルギーレベルなど化学反応に重要な外殻の分子軌道について調べることは難しいことです。我々は、励起ヘリウム原子を用いた化学イオン化反応における衝突過程を2次元電子分光法によって観測し、高精度な量子化学計算の結果と併せながら、電子相関効果が大きい複雑な分子の電子構造の決定に成功しています。
また、ハロゲン化メタンからのハロゲン原子の解離を衝突イオン化電子分光法で観測し、オゾンホールの破壊などとも関係する衝突反応過程を研究しています。


N. Kishimoto and K. Ohno,J. Phys. Chem. A, 113, 521-526(2009).


(3)励起原子プローブによる分子軌道の空間分布の研究

 励起ヘリウム原子を用いた分子の化学イオン化反応で、2体間の衝突速度を上げることは最近接距離を短くすることとなり、分子の周りの反応領域は徐々に分子の中心に近づいていきます。この際の反応確率は分子軌道の空間分布を反映しているため、反応確率の衝突速度依存性から分子軌道の空間分布をプローブすることが出来ます。我々は、分子の化学イオン化反応で観測することが出来る複数の分子軌道の空間分布を励起原子プローブを用いて研究しています。
 我々は低温励起原子ビームを開発し、さらに衝突エネルギー/電子エネルギー/電子放出角度の3次元分解衝突イオン化電子分光法を駆使するなどして、新たな研究領域を開拓しています。

M. Yamazaki, T. Horio, N. Kishimoto, and K. Ohno,Phys. Rev. A, 75, 03272(2007).


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